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<title>南部杯優駿伝説</title>
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<description>マイルチャンピオンシップ南部杯の思い出を語るリレーコラムです</description>
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<title>最終話　I shall return to 南部杯！／井上オークスさん</title>
<description> 　ＪＲ盛岡駅前８番バス乗り場から、いそいそと無料バスに乗り込む。欲望を乗せたバスは街を抜け、北上川としばし併走し、やがて山道を登りはじめる。どんどん登る。ひたすら登る。すると視界がパカッと開けて、オーロパークが現れる。――この秋も、南部杯を観るために盛岡競馬場に来ることができた！　標高2038ｍの岩手山を上回るハイテンションに身をゆだねて入場門をくぐると、色黒の男前が爽やかな笑顔を浮かべていた。　岩手競
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<![CDATA[ 　ＪＲ盛岡駅前８番バス乗り場から、いそいそと無料バスに乗り込む。欲望を乗せたバスは街を抜け、北上川としばし併走し、やがて山道を登りはじめる。どんどん登る。ひたすら登る。すると視界がパカッと開けて、オーロパークが現れる。<br /><br />――この秋も、南部杯を観るために盛岡競馬場に来ることができた！<br /><br />　標高2038ｍの岩手山を上回るハイテンションに身をゆだねて入場門をくぐると、色黒の男前が爽やかな笑顔を浮かべていた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/azuma.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/azumas.jpg" alt="東幹久さん" border="0" /></a><br /><br />　岩手競馬ＣＭキャラクターの等身大パネルに、「東幹久登場!!」という文字が躍っている。てことは、本人が場内にいるってこと!?　ミーハーまるだしでキョロキョロしていると、おかしなことに気がついた。<br /><br />――なんだか、やけに静かだな。<br /><br />　去年の南部杯デーは、もっとにぎやかだった。首をかしげつつ、手元の競馬新聞を見る。今日は10月６日（月）。南部杯は……10月13日（月）!?<br /><br />　アハハ。あたしって本当におばかさん。１週間まちがえちゃった。絶望に打ちひしがれて、ふらふらと場内をさまよう。気がついたら、パドックに来ていた。第８レース出走馬を眺めていると、一度しおれた欲望がムクムクと頭をもたげてくる。わしゃパブロフの犬か。なんて自己ツッコミをした、そのときだった。<br /><br />――バルクが出とるやないか！<br /><br />　去年の夏。日本中の競馬場が、馬インフルエンザに襲われた。わしはいつ競馬開催が中止になるかとビクビクしながら、水沢競馬場に通った。そしてやぶれかぶれな気持ちで、39戦０勝の４歳牝馬バルクの単勝に1万円突っ込んだ。すると。<br /><br />　岩手のバルクは通算40戦目にして初勝利をあげ、わしを不安と金欠から救ってくれたのだ。<br /><br />　2007年は、競馬場でレースが行われるという当たり前の光景を心底ありがたく感じた１年だった。諦めるのは簡単だ。息を切らして走り続けることのほうが、ずっと難しい。2008年、５歳になったバルクは今、元気にパドックを闊歩している。彼女はあの初勝利をあわせて５勝している。<br /><br />――賭け続ければ道は開ける。かもしれん。<br /><br />　ギャンブラー魂に火が点いて、烈火のごとくマークカードを塗りつぶす。バルクの単勝に1500円で、どや！<br /><br /><br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/8r.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/8rs.jpg" alt="８Ｒ　バルク" border="0" /></a><br /><br />　南郷家全またがるバルクは、スタートダッシュを決めてハナを切った。が、菅原勲またがる本命馬が、バルクをピタリとマークしている。<br /><br />――ああっ、あんまし突っつかないで勲さん！<br /><br />　しかしバルクは名手のねっとりとした攻撃に耐えて、先頭を譲ることなく４コーナーをまわった。ところが盛岡競馬場の直線は長かった。残り150ｍで力尽きて、バルクは４着。勝ったのは小林俊彦またがるモエレタキシードだった。ヘクション！<br /><br />　雨に濡れてくしゃみを連発するわしを哀れんだのか、常連のおじさんがホットコーヒーをごちそうしてくれた。みちのく人情に心身を包まれて、人間らしい気持ちを取り戻す。しぶとく粘ったバルクさん。これからもがんばってね。<br /><br />　第９レースの２歳戦・黄菊賞の馬柱を見て、韓国・釜山のキョンナム競馬場へ行ったときのことを思い出した。<br /><br />「メイセイオペラ、ビワシンセイキ、ボレロ、ヤシマジャパン。済州島の牧場で、ジャパニーズホースが種牡馬をしているんですよ」<br /><br />　馬主をしているという男性はそう言って、にっこりほほ笑んだ。わしはその親しみのこもった笑顔と、異国で日本馬の名に接したことが嬉しくてしょうがなかった。てなわけで、黄菊賞はビワシンセイキ産駒のワタリシンセイキの単勝で勝負じゃ！<br /><br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/9r.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/9rs.jpg" alt="９Ｒ　ワタリシンセイキ" border="0" /></a><br /><br /><br />――くわ～!!<br /><br />　後方でレースを進めたワタリシンセイキは、直線で懸命に追い上げるも４着まで。勝ったのはサクラプレジデント産駒のハイメリーだった。鞍上は若手成長株の高松亮。単勝は4350円もついた。<br /><br />――1000円、いや、100円でも買っておけば……。<br /><br />　残りの種銭は2000円ぽっきり。ため息をついたとたん、お腹がグウと鳴った。そういえば、朝からなにも食べていない。ジャンボ焼き鳥くいてえ。<br /><br />　第10レースのＭ＆Ｋジョッキーズカップは、ミラクルジョンコに奇跡を起こしてもらうことにした。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/10r.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/10rs.jpg" alt="10R　ミラクルジョンコ" border="0" /></a><br /><br />　しかし奇跡は起こらなかった。勝ったのは高松亮またがるカツイチヴィーナス。またしても高松亮。メイセイオペラと菅原勲のコンビに魅入られて騎手を志した若者に、乗っかるべきでした～。<br /><br />　最終の第11レースは、南部杯カウントダウン７。目を皿のようにして、穴馬を探す。すると勝ち馬が見えた。３歳牝馬バトルアイが、父の無念を晴らすのだ。1997年の南部杯で1番人気に推されるもタイキシャーロックの２着に敗れ、メイセイオペラが勝った1998年の南部杯では４着に甘んじたバトルラインの仔が、南部杯（カウントダウン７）を制すのだ！<br /><br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/11r.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/11rs.jpg" alt="11R　バトルアイ" border="0" /></a><br /><br /><br />――あーれー。<br /><br />　小林俊彦またがるゴールデンパンジーが、不良馬場を鮮やかに逃げ切りました。バトルアイはブービー。もう財布には100ウォン玉しか入ってません。ウォーンウォンウォン。咆哮していると、「バトルラインは道悪が得意じゃなかったからねえ」と、トラックマンのOさんが慰めてくれた。<br /><br />　ＪＲ盛岡駅のお土産売り場で試食の南部煎餅をかじりながら、オケラ女はリベンジを誓う。1週間後、種銭をかき集めて盛岡競馬場に乗り込もう。そしてこれからの南部杯を語り継いでゆこう。これまでの南部杯を追体験させてくれた先達のように。来年も再来年も。10年後も20年後も。ジャンボ焼き鳥をむさぼりながら。南部杯優駿伝説は、まだ始まったばかりだ。<br> ]]>
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<dc:subject>南部杯リレーコラム</dc:subject>
<dc:date>2008-10-13T00:00:00+09:00</dc:date>
<dc:creator>SPNテシオ</dc:creator>
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<title>第22話　メイセイオペラを訪ねて　／松尾康司さん</title>
<description> 　10月6日、済州島へ到着したのは朝９時をちょっと過ぎた頃だった。釜山の空港からの移動だったので入国手続きもなく、そのまま空港ロビーへ。キム・ヂョンシクさんの姿を捜した。最初、周囲を見渡しても捜せず牛山君が教えてくれた携帯電話にかけようとしたとき、満面の笑顔でキムさんがやってきた。２年ぶりの再会だった。　お互い『アンニョンハセヨ～』と挨拶を交わし、さっそくジュリアの写真を手渡すと『オォ、ジュリア。牛
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/0810meisei-00.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/0810meisei-00s.jpg" alt="メイセイオペラ　その1" border="0" /align="right"></a>　10月6日、済州島へ到着したのは朝９時をちょっと過ぎた頃だった。釜山の空港からの移動だったので入国手続きもなく、そのまま空港ロビーへ。キム・ヂョンシクさんの姿を捜した。最初、周囲を見渡しても捜せず牛山君が教えてくれた携帯電話にかけようとしたとき、満面の笑顔でキムさんがやってきた。２年ぶりの再会だった。<br /><br />　お互い『アンニョンハセヨ～』と挨拶を交わし、さっそくジュリアの写真を手渡すと『オォ、ジュリア。牛山さんから活躍を聞いていますよ。良かったですね。メイセイオペラ、元気ですよ』と話し、隣にいた申（シン）さんを紹介してくれた。<br /><br />　シンさんは5年前まで大阪で暮らしたことがあるキムさんの友人の友人。わざわざ通訳のために付き合ってくれた。なにせ、こちらは英語が片言。韓国語は挨拶ぐらいしかできなかったので、この配慮には本当に助かった。<br /><br />　メイセイオペラがいるプルン牧場は韓国の最高峰・漢拏山（ハルラ山）の中腹、およそ600ｍの標高にあり、空港から約45分。記憶に残っていた風景が次第に増え、プルン牧場へ到着。入り口近くで当歳馬7、8頭が放牧中で派手な大流星の栗毛がまず出迎えてくれた。『ぜったい、メイセイオペラの子供だよな。お父さんにそっくり！』<br />　その予想はズバリ的中した。<br /><br /><br />　メイセイオペラは２年前の夏、静内のレックス・スタッドを旅立ち、浦河の検疫所を経由してキムさんのプルン牧場へと渡った。ＧI３勝の肩書きを持ち、晴れて種牡馬入りし初年度、70頭以上の花嫁が殺到。これ以上は望めない形で第二の生活へ入った。メイセイオペラは種付けも非常にうまく、しかも早漏（これは種牡馬には絶対必要なこと）。レックス・スタッドを訪れるファンも多かったという。<br /><br />　しかしトーホウエンペラーのレポートでも報告したとおり、右肩上がりで配合頭数が増えていく種牡馬はほんの一握り。多くは年々減少し、仮に増えるとすれば初年度産駒が“大”活躍したとき。今になって分かったことだが、メイセイオペラ産駒は自身の現役時代と同様、総じて奥手。現在の競馬は早い時期、特に２歳戦で目立った大物が出現しないことにはどうしても苦戦を強いられる。<br /><br />　メイセイオペラももちろん例外ではなく、種牡馬生活４年目には配合頭数が３頭まで激減していた。それと前後してお隣の国・韓国でコスモバスティーユなどのオペラ産駒が活躍中。ちょうどこのタイミングでオーナーから今後の相談を受け、韓国競馬通の第一人者で知られるケイシュウニュースの牛山（基康）君に率直に話をしてみた。『メイセイオペラの種牡馬生活をなんとしても続けさせてやりたい。韓国で預かってくれる牧場がどこかないかな』と。<br /><br />　その依頼を受け、牛山君は様々なネットワークを使って調査してくれた。そして『済州島がメインの生産地で日本びいきの牧場オーナーがいますよ。韓国はアメリカ、オーストラリアが主流なんだけど、日本競馬を高く評価してくれている。近々日本にきますが、オペラの話をしてみます』<br /><br />　以降、とんとん拍子で話が進み06年7月8日、キムさん夫妻がオーロパークへ来場。メイセイオペラのオーナーと初対面し、契約を取り交わすための綿密な打ち合わせをした。契約内容は譲渡ではなく、３年間の無償貸与。移動費、管理費等はすべてキムさんが負担し、３年後に再度、今後のことを友好的に話し合うこととした。<br /><br />　そしてこの一文を契約書の中に盛り込んでもらった。<br />『本馬（メイセイオペラ）は岩手の、そして日本のダート界のヒーローであることを双方が尊重しあい、本馬自身のことを最優先に考え、お互いが良き方向へ向かうよう努力する』<br /><br />　実はそのとき、大恥をかいた。同日メイン・ガーベラ賞に我がジュリアが走ることになっていた。芝はデビュー戦以来２度目だが、スピードが身上なので芝が合うと確信（後に錯覚だったことが判明）し、自信たっぷりにキムさんに伝えた。『ジュリアは組合馬主の所有馬なんですが、自分も10分の１を持っています。前回勝って調子もいいので、馬券を買ったほうがいいですよ』<br /><br />　嗚呼、しかし。ジュリアはまったく走らず、12頭立て11着。大敗を喫して面目丸つぶれだったが、キムさんはしっかりと覚えていた。『あのとき、ジュリアの単勝を買いましたが、見事外れでしたね』。こちらは恐縮し平謝りするばかり、みんなは大爆笑だった。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/0810meisei-01.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/0810meisei-01s.jpg" alt="メイセイオペラ　その２" border="0" /></a><br /><br />　メイセイオペラとの再会の瞬間がきた。馬房前で入念な手入れを済ませ、モンゴル人の担当者が引っ張ってくると、ちょっと興奮気味だったようで後ろ脚で立ち上がって威嚇する。さすがにビビッてしまったが、徐々に落ち着きを取り戻していく。それでも容易に触らせることはなく、決して人懐っこくはない。つねに凛として独特のオーラを全身から発していた。<br /><br />　静止ポーズを撮るのにも一苦労だった。自分の意思をはっきり表わし、なかなかカメラに収まってくれない。これもメイセイオペラらしかった。それから30分ほどが経ち、ようやく解放されたメイセイオペラは自分の住まいに戻り、何度もこちらの様子をうかがう。放牧地に生えていた草を与えると喜んで食べていたが、嫌いな草はうまく口から出し、再びボリボリ。その音もなかなか豪快だ。よく食べ、よく動く。韓国・済州島へ移動後、病気らしい病気は一度もなく、いたって健康。現在、14歳。種牡馬としてまさに男盛りを迎え、２年前よりさらに逞しくなった印象を持った。<br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/0810meisei-02.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/0810meisei-02s.jpg" alt="メイセイオペラ　その３" border="0" /></a><br /><br />　メイセイオペラはビワシンセイキと同じ屋根の下で住み、目の前が放牧場。わざわざ荒地を切り開いて斜面のはるか向こうには玄界灘を望める。オペラが日本を恋しくなったとき、いつでも海の先には故郷があるから安心してくれ、というキムさんの配慮からこの場所に厩舎と放牧場が作られた。<br /><br />　取材日はあいにく曇り模様だったが、かすかに白い海が見ることができた。ここでもメイセイオペラは大事にされ、愛され続けていた。本当にありがたいことだ。<br /><br />　キムさんが『メイセイオペラの当歳馬がいるから、見に行こう』と連れられていき『この子供がそうですよ』と言った瞬間、思わず叫んでしまった。<br />　“やっぱり!!”<br /><br />　オペラの子供は３月生まれで他の馬に比べて一回り大きく、ボス的な存在だった。とても人懐っこく、近づいても怖がらない。ふじポンがチューをしても困らず？されるがまま。『生まれた子供たちは骨量があって生産者の評判も上々です。２年後、韓国生まれのオペラ産駒のデビューする日を楽しみに待ってください。私も心待ちにしています』とキムさん。<br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/0810meisei-03.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/0810meisei-03s.jpg" alt="メイセイオペラ　その４" border="0" /></a><br /><br />　済州島の滞在時間はわずか６時間。本音を言えばもう少しゆっくりしたかった。強行スケジュールを組んでちょっと悔いも残り、一泊でもできたらなとも思ったが「たら、れば」はやめよう。わずか６時間だったからこそ、凝縮されたときを過ごすことができたかも知れないのだから。<br /><br /><br />　帰国後、バタバタと南部杯の準備をしている中、小西調教師から電話がきた。「松尾さん、どうします。おそらく除外だろうなと思っていたら、選ばれそうですよ。調子は悪くありません。でもねェ、相手が相手ですからね。みなさんのご希望どおりでいいですよ」<br />　<br />　正直、迷った。組合馬主なので自分一人では決められないし、南部杯は岩手が誇る正真正銘のＧI（あえてそう言わせてもらう）。出るだけ…では失礼だし、第一ジュリアにはあまりにも厳しいレースであることは、火を見るよりも明らかだ。<br />　<br />　メンバーに相談したところ、意見は同じ。結論は「最終判断は小西さんにお任せしますが、メイセイオペラが初ＧIを制した南部杯に選ばれるのも何かの縁かも知れません」だった。<br />　<br />　南部杯の格を落とすのか―の批判は素直に受け止めよう。客観的に見ればジュリアは持ち味のスピードすら生かすことができず、大敗するのは目に見えている。菅原勲騎手の言葉じゃないが、ＧIは別格だ。<br />　<br />　それでもメイセイオペラに感動し、いろいろな夢をもらった一人のファンとしてメイセイオペラ産駒が南部杯に出走すること、それ自体が大きな夢だった。<br />　ならば、栄えあるＧIに選ばれたことを光栄に思おう。まだ夢の途中だけど。<br><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>南部杯リレーコラム</dc:subject>
<dc:date>2008-10-11T21:47:21+09:00</dc:date>
<dc:creator>SPNテシオ</dc:creator>
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<title>第21話　南部杯を勝った3頭の思い出　／岩手競馬騎手　菅原勲さん</title>
<description> 　トウケイニセイのころは、交流レースといえば帝王賞くらいで、今のような交流という時代ではなかった。（旧）９歳の時に、中央との交流レースになって、もう力が落ちてきたころだったけれど、いい勝負をしてくれそうな感じではあった。どこからレースをしてもいい馬だったし、（脚元の不安のあった馬ですが）調子の上下を感じなかった。厩舎ではかなり手をかけていたんでしょうね。　でも、レースでは３コーナーあたりからヨシノ
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/isao-01.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/isao-01s.jpg" alt="菅原　勲　01" border="0" /></a><br />　トウケイニセイのころは、交流レースといえば帝王賞くらいで、今のような交流という時代ではなかった。（旧）９歳の時に、中央との交流レースになって、もう力が落ちてきたころだったけれど、いい勝負をしてくれそうな感じではあった。どこからレースをしてもいい馬だったし、（脚元の不安のあった馬ですが）調子の上下を感じなかった。厩舎ではかなり手をかけていたんでしょうね。<br />　でも、レースでは３コーナーあたりからヨシノキングとライブリマウントについて行けなくなった。せめて（全国交流になるのが）１年早かったらと思いましたね。<br />　あのころはトウケイニセイが出ればいつも人が集まっていたけれど、あの日はパドックからすごかった。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/isao-02.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/isao-02s.jpg" alt="菅原　勲　02" border="0" /></a><br /><br />　メイセイオペラの時は馬自体に力があって、通用すると思っていたからプレッシャーもなかった。調子も良かったし、自信を持ってレースに臨みました。ただ、逃げるか、２、３番手で競馬をするかは迷っていたのですが、当日雨が降って馬場が軽くなっていた（ので逃げの手を選んだ）。４コーナーを回って直線を向いたあたりで手応え十分だったから、勝てると思いましたね。<br />　盛岡の１６００ｍがベストの馬だったし、今でもレコードタイムが残っているのはうれしいですね。交流レースのあるところは、どこでもＪＲＡの馬がレコードタイムを塗り替えていくからね。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/isao-03.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/isao-03s.jpg" alt="菅原　勲　03" border="0" /></a><br /><br />　トーホウエンペラーは動きのカタい馬だったし、乗りやすい馬ではなかったですね。ササるクセもあるし、ゲートも少し悪かった。あの時は左回りだけが気になったけれど、スターリングローズが内にいて、外の５、６番手あたりから内に閉じこめるように乗っていったのが上手くハマったレースだった。２着にもバンケーティングがついてきて、Ｇ１での１、２着が岩手の馬になった。また、そういう馬が出ることを祈りたいですね。あのレースのあとの声援はすごかったからね。<br /><br />【10月8日取材】 ]]>
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<dc:subject>南部杯リレーコラム</dc:subject>
<dc:date>2008-10-10T22:30:00+09:00</dc:date>
<dc:creator>SPNテシオ</dc:creator>
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<title>第20話　回収率向上大作戦・南部杯スペシャル　／須田鷹雄さん</title>
<description> 　今回はちょっと変わった切り口から書かせていただきたい。　競馬ファンはもうすっかりダートグレード競走に慣れているが、冷静に考えてみると、その成り立ちはかなり極端である。　なにしろ、賞金水準の全く違う地区から代表が出て、しかもハンデをつけることなく戦ってしまうのである。　これは海外ではまず考えられないことだ。なぜなら、地区によって賞金水準が違う場合、馬の能力水準もそれに応じて分かれるからである。強い
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<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/suda_h.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/suda_hs.jpg" alt="理屈以外の何か" border="0" /align="right"></a>　今回はちょっと変わった切り口から書かせていただきたい。<br />　競馬ファンはもうすっかりダートグレード競走に慣れているが、冷静に考えてみると、その成り立ちはかなり極端である。<br />　なにしろ、賞金水準の全く違う地区から代表が出て、しかもハンデをつけることなく戦ってしまうのである。<br />　これは海外ではまず考えられないことだ。なぜなら、地区によって賞金水準が違う場合、馬の能力水準もそれに応じて分かれるからである。強い馬はより強い地区へ転出し、力の落ちた馬は自分の通用する地区を探していく。賞金を取り合うという競馬の本質から考えれば当然でもある。日本だって、流動性はともかくとして同じことである。<br /><br />　例を挙げてみよう。南カリフォルニアとアリゾナは地理的にわりと近いが、賞金水準も馬のレベルもだいぶ違う。ちょうど今年サンタアニタ競馬場ではブリーダーズカップが行われるが、一方アリゾナの州都フェニックスにあるターフパラダイス競馬場では、総賞金10万ドルのレース（年２回）が最高。普通のステークスは５万ドル。南カリフォルニアでは一般戦にいくらでもある賞金だ。<br />　仮にターフパラダイスで50万ドルのレースをやったとしたら、南カリフォルニアから超強豪が来て、地元のエース馬は全くいいところなくやられてしまうこと確実だ。しかし、10万ドルなので実際には地元のエースで勝負になるくらいの馬しか遠征してこない。そういうバランスで番組は成り立っている。<br /><br />　こう書かれてみると、賞金の道理としてはそうだよな、と皆さん思われることだろう。では、その発想で南部杯の歴史を振り返ってみたらどうなるだろうか？<br />　言うまでもなく南部杯にはＧ１に見合う賞金が用意されており、とてつもない賞金水準を誇るＪＲＡからトップホースたちがやってくる。ＪＲＡほどではないが、それでもかなりの高賞金と言える南関東からだって来る。地区ごとの頭数制限はあるが、それを考慮しても「仮にターフパラダイスで50万ドルの……」どころの騒ぎではない。<br />　その状況にあって、岩手勢は理屈では計れないだけの結果を出してきたではないか。<br />　なにしろ２勝しているのである。メイセイオペラは中央のエース（タイキシャーロック）と南関東の超エース（アブクマポーロ）を完封したし、トーホウエンペラーの時はバンケーティングまで激走して、遠征勢を完全に引き立て役にした。<br /><br />　ひょっとすると、メイセイオペラやトーホウエンペラーは名馬としてのイメージが定着しすぎていて、皆さんその勝利も当然のものとしか振り返れないかもしれない。しかし、ずっと書いている賞金・地区の理屈からすると、これらの勝利は「当然」というより「快挙」であり、数字とか賞金とかの理屈では説明できないほどのものなのだ。<br />　実はその凄さはこの２頭に限ったことではなく、南部杯に限ったことでもない。<br />　南部杯で掲示板に載った岩手勢は他に何頭もいるわけだし、アウェーも含め、南部杯以外のレースで好走した岩手所属馬を挙げていけばさらに数は増える。<br /><br />　これはつまり、岩手競馬の厩舎関係者がそれだけ「理屈以上のなにか」をもって名馬を育て、あるいは疲れて流れてきた転入馬を再生してきたということなのである。<br />　そこに賞金があるから好素材が集まってきたというのではなく、経験や技術や愛情をもって、100％の馬づくりどころか、150％・200％といった本来ありえない境地を達成したということなのである。<br />　その素晴らしさと貴重さを、過去にもっと多くの人に、できれば競馬以外の人にまで知ってもらいたかったというのが筆者の気持ちである。岩手競馬の苦境ばかりがニュースになって、その馬づくりの歴史が隠れているのは理不尽だ。<br />　それでも、競馬はこれからも続いていく。次に岩手から理屈や常識を超える素材が出てきたときには、しっかりとその意味や価値を、まずは競馬ファン、そして岩手県民、東北全体、日本全国……と広げていきたいものである。<br><hr><br />netkeiba.comで連載中の『須田鷹雄　回収率向上大作戦』は<a href="http://www.netkeiba.com/news/?pid=column_view&amp;id=D01" target="_blank" title="こちら">こちら</a><br />須田鷹雄さんの日記『須田鷹雄の日常・非日常』は<a href="http://www2.diary.ne.jp/user/70345/" target="_blank" title="こちらです">こちらです</a><br /> ]]>
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<dc:subject>南部杯リレーコラム</dc:subject>
<dc:date>2008-10-09T23:37:54+09:00</dc:date>
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<title>第19話　メイセイオペラがくれたもの　／　赤見千尋さん</title>
<description> 　1998年10月10日、【メイセイオペラ】が勝利した南部杯当日。実は私の記念すべき、騎手デビューの日でもあるのです。　16歳で初めて競馬を見てから約４年間、ただただこの日を夢見て頑張ってきたわけですが、いざレースがスタートすると、何がなんだかわからないうちに終わってしまい、私自身は何もすることが出来ませんでした。デビュー戦：オカノファイヤー号２戦目：クラダイアナ号　この日は２頭の騎乗でしたが、どちらのレー
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<![CDATA[ 　1998年10月10日、【メイセイオペラ】が勝利した南部杯当日。実は私の記念すべき、騎手デビューの日でもあるのです。<br /><br />　16歳で初めて競馬を見てから約４年間、ただただこの日を夢見て頑張ってきたわけですが、いざレースがスタートすると、何がなんだかわからないうちに終わってしまい、私自身は何もすることが出来ませんでした。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/01-okanoF.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/01-okanoFs.jpg" alt="デビュー戦：オカノファイヤー号" border="0" /><br>デビュー戦：オカノファイヤー号<br></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/02-kuraD.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/02-kuraDs.jpg" alt="２戦目：クラダイアナ号" border="0" /><br>２戦目：クラダイアナ号<br></a><br />　この日は２頭の騎乗でしたが、どちらのレースも自分が思い描いていたようなことは全くできず、ただただ先輩騎手たちの間で縮こまって乗っているだけ。自分自身の不甲斐なさに、涙が出るほど悔しかったし、このままでは一生勝つことなんてできない・・・と本気で思いました。<br /><br />　緊張から開放されたことと、精神的な落ち込みによって、控え室に戻って来た時にはもうぐったり。みんなの前では抑えていた涙が、次から次へと流れていきました。<br /><br /><br />　そこで南部杯のファンファーレ。場間場外発売により、高崎の場内テレビでも南部杯が放送されたのです。<br />　１番人気は【アブクマポーロ】。その年は１月の『川崎記念』から６連勝中。特に６月の『帝王賞』では並み居る中央馬を退けて、強い勝ち方を見せてくれました。<br />　『帝王賞』当時、私はまだ地方競馬教養センターの生徒で、同期たちと一緒にテレビを食い入るように見たものです。<br />「地方競馬にも、こんなに強い馬がいる！」と本当に勇気をもらいました。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/03-Shige.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/03-Shiges.jpg" alt="同期の繁田健一騎手と" border="0" /><br>同期の繁田健一騎手と<br></a><br />　そんな【アブクマポーロ】が出場するということで、泣いてはいられないわ！と真剣にレースを見たんですけど・・・なんとなんと、３馬身もの差をつけられて、【メイセイオペラ】に負けてしまったではないですか！しかも【タイキシャーロック】にもハナ差負けて３着。<br />　この時は【メイセイオペラ】が勝ったことよりも、【アブクマポーロ】が負けたことの方が衝撃でした。<br /><br />「あんなに強い馬でも、負けることがあるなんて・・・」勇気と感動をもらった馬だけに、本当にショックだったんですけど、衝撃が去って落ち着いてくると、考え方が変わりました。<br />「あんなに強い馬でも、負けることがあるなんて・・・競馬ってやっぱり面白い！！」<br /><br /><a href="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/04-Opera.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-30.fc2.com/s/a/p/saponet008/04-Operas.jpg" alt="メイセイオペラ：写真提供ＮＡＲ" border="0" /><br>メイセイオペラ：写真提供ＮＡＲ<br></a><br />　その時は、本当におこがましいんですけど、【アブクマポーロ】が先輩騎手たち、【メイセイオペラ】を自分に置き換えて、「いつか私も、上の騎手たちを負かすんだ！」とさっきまで泣いていたことも忘れて、「早くレースに乗りたい！うまくなりたい！」という気持ちになりました。<br /><br /><br />　騎手として最初の障害にブチ当たっていた私を【メイセイオペラ】が救ってくれたのです。デビュー戦の苦い思いと重なって、この年の南部杯は一生忘れられない思い出です。<br /><br><hr><br />赤見千尋さんのブログはこちら・・・オッズパーク『<a href="http://blog.oddspark.com/akami/" target="_blank" title="赤見千尋のRedView">赤見千尋のRedView</a>』 ]]>
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